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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)4205号 判決 1984年11月13日

原告 川原兼則

<ほか一名>

右原告両名訴訟代理人弁護士 中田寿彦

被告 国

右代表者法務大臣 嶋崎均

右指定代理人 佐藤茂

<ほか四名>

被告 新潟県

右代表者知事 君健男

右指定代理人 鳥越和夫

<ほか四名>

右被告両名指定代理人 中村正俊

同 金子甫

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告らそれぞれに対し、各金一二八五万八七六八円及び右各金員に対する昭和五五年二月二三日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  担保を条件とする仮執行の免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡川原政喜(以下「亡政喜」という。)は、昭和五五年二月二二日午前一時一〇分ころ、大型貨物自動車(名古屋一一き五一六〇号、以下「政喜車」という。)を運転して、一般国道一八号(以下「本件道路」という。)の新潟県上越市大字薄袋一六六番地一付近(以下「本件事故現場道路」という。)の下り線上を長野市から上越市方面へ向かって走行中、その直近の先行車両(以下「先行車両」という。)が同所路上に放置されていた重さ約七キログラム、長さ約二三センチメートル、幅約一七センチメートル、厚さ約一四センチメートルの石(以下「本件石」という。)をダブルタイヤに挟み込んで政喜車の運転席に跳ね上げ、これが亡政喜の頭部にあたったため、脳挫創、頭蓋骨骨折の傷害を負い即死した(右事故を以下「本件事故」という。)。

2  責任

(一)(1) 被告国は、その建設大臣を右国道一八号の道路管理者とするものであって、右道路上の障害物を除去し、道路を常時良好な状態に保つよう維持・管理して一般交通に支障を及ぼさないよう努力すべき義務がある。

(2) 本件事故は、被告国が右義務を怠たり、本件石を右道路上に放置しておいたという道路管理上の瑕疵によって発生したものであるから、同被告は、国家賠償法二条に基づき、本件事故により亡政喜及び原告らが被った損害を賠償すべき責任がある。

(二)(1) 被告新潟県は、右国道一八号道路の設置管理の費用を負担するものである。

(2) したがって、同被告は、国家賠償法三条に基づき、本件事故により亡政喜及び原告らが被った損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 亡政喜の損害及び原告らの相続

(1) 逸失利益 金三三一七万七七三六円

亡政喜は、事故及び死亡当時満三一歳で本件事故により死亡しなければ六七歳までの三六年間稼働可能であったところ、同人の事故当時の年収は金三二七万二七七三円で、右稼働期間中、右と同額の年収を得られたはずであるから、これを基礎に生活費として五〇パーセントを控除し、ホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して同人の逸失利益の現価を算出すると金三三一七万七七三六円となる。

(2) 慰藉料 金一二〇〇万円

亡政喜の本件事故による死亡に対する慰藉料は、金一二〇〇万円が相当である。

(3) 原告川原兼則は亡政喜の父であり、原告川原ハナエは亡政喜の母であって、原告らは、亡政喜の死亡により同人の右(1)及び(2)の損害賠償請求権を法定相続分にしたがい各二分の一(各金二二五八万八八六八円)宛相続取得した。

(二) 原告らの損害

葬儀費用 金五四万〇六〇〇円

原告らは、亡政喜の葬儀費用として金五四万〇六〇〇円を各二分の一(各金二七万〇三〇〇円)宛負担のうえ支出した。

(三) 以上を合計すると、原告らの取得した損害賠償請求権の額は、原告らそれぞれにつき各金二二八五万九一六八円となる。

4  損害のてん補

原告らは、損害のてん補として、政府の行なう自動車損害賠償保障事業から金八四五万〇二〇〇円、労働者災害補償保険から金一一五五万〇六〇〇円の各支払を受け、その各二分の一(各金一〇〇〇万〇四〇〇円)を原告らの右各損害額に充当した。

5  よって、原告らは、それぞれ被告らに対し、各自、右各損害賠償請求権の残額である金一二八五万八七六八円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五五年二月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、原告ら主張の日時・場所において、政喜車の先行車両がダブルタイヤに挟み込んだ本件石を跳ね上げ、これが亡政喜にあたり、同人が脳挫創、頭蓋骨骨折の傷害を受けて死亡したことは認め、本件石が本件事故現場道路に放置されていたこと(すなわち、先行車両が本件石を同所路上で挟み込んだこと)は否認し、その余は不知。

2(一)  同2の(一)の事実中、(1)の事実は認め、(2)の事実は否認し、その主張は争う。

(二) 同2の(二)の事実中、(1)の事実は認め、(2)の主張は争う。

3  同3の各事実は、いずれも不知。

4  同4の事実中、原告ら主張の金員が原告らに支払われた事実は認めるが、その余の事実(充当関係)は不知。

5  同5の主張は争う。

三  被告らの反論

1  本件事故現場道路上に本件石が放置されていた事実はなく、本件事故は、以下述べるとおり、政喜車の先行車両が本件道路以外の未舗装の場所で同車のいわゆるダブルタイヤの間に本件石を挟み込み、その状態で本件道路を走行してきて本件事故現場道路にさしかかった際、何らかの拍子にダブルタイヤから本件石がはずれ、その勢いで後続して走行していた政喜車の運転席に飛び込んだことにより発生したものである。すなわち、

(一) 本件道路は平坦なアスファルト舗装道路であるから、通常の速度で走行する車両が右の形状の道路上に放置されている重さ約七キログラムもの大きな石を前方に跳ね飛ばすことはあってもダブルタイヤに挟み込むという現象は起こり得ない。

(二) 他方、未舗装道路等においては、走行車両がダブルタイヤに石を挟み込む現象が起こり得るものであり、しかも、後輪ダブルタイヤに石を挟んだまま走行している車両が、その石を跳ね飛ばした場合には、極く稀にではあるが石を後方へ高さ二メートル以上にまで跳ね上げることもある。加えて、本件石には、ダブルタイヤに挟まれたまま走行していたことを窺わせるようなタイヤ痕及び摩擦痕が残されている。

2  仮に、本件事故当時、本件事故現場道路上に本件石が放置されていたとしても、以下述べるとおり、被告国の本件道路の管理に瑕疵があったということはできない。

(一) 本件道路の状況

本件事故は、本件道路、すなわち一般国道一八号の新潟県上越市内の市役所前交差点から北方約三〇〇メートルの付近の下り車線上で発生したものと推認されるところ、本件事故現場道路は、両側に幅員各約三・〇メートルの歩道が設置された車道幅員約一二・〇メートルの道路であって、アスファルトによって舗装され、本件事故当時は、道路両端から歩道部分上に高さ約一・三メートルの雪堤(車道から除雪された雪が壁状となっているもの)があり、車道中央線から雪堤までの車線幅員は、上り車線が約四・九メートル、下り車線が約四・五メートルであった。右道路は、直線で見通しは良好であり、道路照明燈が設置され、当時の路面の状況は積雪もなく平坦で、沿道には住宅、事務所、商店等が立ち並んで市街地を形成しており、自然的要因による落石等の危険は全くない。本件道路は、一日の車両交通量が平均二万七七〇〇台(春・秋期における平均)と比較的多いが、我国屈指の豪雪地帯を走る道路であるため、冬期においては交通量が減少し、特に冬期の夜間における交通量は極めて少ない。

(二) 本件道路の管理体制

(1) 右一般国道一八号は、群馬県高崎市を起点とし、長野市を経由して新潟県上越市に至る幹線道路であり、道路法一三条一項所定の指定区間で、被告国の建設大臣がこれを管理しており、同大臣は、右国道のうち本件事故現場道路を含む新潟県内の三七・三キロメートルの区間につき、建設省北陸地方建設局管内高田工事事務所の直江津国道維持出張所長をして、その維持・修繕その他の管理業務を直接行なわせていた。

(2) 本件事故当時、右出張所による道路管理は、建設省が定めた「道路技術基準」及び「直轄維持修繕実施要領」に基づいて行なわれていたものであるところ、同出張所長は、所属職員二名一組による巡回班を編成し、毎日(但し、職員が勤務を要しない日を除く。)一回、原則として昼間本件事故現場道路を含む前記担当区間を「道路パトロールカー」によって巡回させており、右巡回は、道路状況、特に路面、路肩部等の異状の有無、また冬期においては、路面の積雪の状況、除雪及び凍結防止剤散布の必要性の有無その他の道路管理上必要な事項について実施されていた。

(3) ことに冬期においては、本件道路が「積雪寒冷特別地域における道路交通の確保に関する特別措置法」(昭和三一年法律第七二号)所定の積雪寒冷の度が特に甚だしい地域における道路交通の確保が特に必要であると認められる道路であったことから、前記出張所長は、毎年一一月一日から翌年三月三一日までの道路雪害対策期間中、前記パトロールカーによる巡回のほか、特に夜間における道路状況の把握のため、民間業者に委託して巡回をさせていた。

右民間業者による巡回は、昭和五五年一月においては二三日間延べ五六回、同年二月においては二八日間延べ六三回実施されており、右巡回は、気象状況等に照らして前記出張所長が必要と認める場合に業者に指示を発して行なわれ、業者は、右指示を受けた都度直ちに巡回を実施し、必要ある場合には除雪等の作業を行なうものとされていたが、右巡回は積雪状況の確認にとどまらず、路面の異常の有無、障害物の存否等道路管理上必要な事項についても実施されていた。

(三) 本件事故当時の巡回の状況等

(1) 本件事故発生の日の前日である昭和五五年二月二一日、前記出張所技術係長新保猛及び同出張所職員朝川善一郎は、右朝川が運転する道路パトロールカーで同出張所管内の道路パトロールを実施し、同日午後五時ころ本件事故現場道路を巡回したが、その際には右道路上に本件石その他交通上の支障となるべき何らの異状も発見されなかった。

(2) 右同日(二月二一日)は、気象予報により「降雪は〇ないし五センチメートルと少ないが、最低気温はマイナス四度位になる」ことが予想されていたため、前記出張所長は、業務受託会社である訴外株式会社上越商会に対し、路面の凍結が予想されるので二月二一日午後一〇時ころ及び翌二二日(本件事故当日)の早朝の二回にわたり本件道路の巡回を実施するよう指示したところ、同会社は、右指示に従いその従業員である石川博及び金沢国明をして本件道路を巡回車で巡回させたが、右両名が本件事故現場道路の下り車線を巡回した二月二一日午後九時四〇分ころ及び右両名が右道路の上り車線を巡回した同日午後九時五〇分ころには、上下両車線ともに本件石その他交通上の支障となるべき何らの異状も発見されなかった。

(3) また、本件事故発生前、次のとおり三台のタクシーが本件事故現場道路を通過したが、その際右各タクシーの運転手はいずれも右道路上に本件石が放置されているのを発見していない。

(イ) 新興タクシー株式会社運転手朝比奈一男は、本件事故発生の日の前日である二月二一日午後一一時四〇分ころ本件事故現場道路の下り車線を通過し、その帰路、同日午後一一時五五分ころ同所の上り車線を通過した。

(ロ) 直江津タクシー株式会社運転手小林幸男は、本件事故発生の当日である二月二二日午前零時四〇分ころ本件事故現場道路の上り車線を通過した。

(ハ) 頸城ハイヤー株式会社運転手俵木宜夫は、同日午前零時二〇分ころ本件事故現場道路の上り車線を通過し、その帰路、同日午前零時三二分ころ同所の下り車線を通過した。

(四) 前記のとおり、本件事故現場道路付近は市街地で、道路照明燈が設置されており、路面の見通しもよく、加えて道路の両側に雪堤があり、夜間においてはなおさら道路脇から人が飛び出してくる可能性はない状況にあったのであるから、右道路を走行する車両の運転者は路面に神経を集中して運転し得た場所であって、仮に本件事故現場道路上に前記形状の本件石が放置されていたものであるとすれば、通行車両の運転者は容易にこれを発見することが可能であったものと推認されるところ、右のとおり、前記出張所職員、民間業者巡回員及びタクシー運転手らがいずれも右道路上に本件石が放置されていたことを発見していないことに照らすと、仮に本件事故現場道路上に本件石が放置されていたとしても、本件石が右道路上に出現した時刻は、前記頸城ハイヤー株式会社の運転手俵木宜夫が右道路を通過した二月二二日午前零時三二分ころから本件事故が発生した同日午前一時一〇分ころまでの約四〇分の間ということになる。

右のような短時間の間に、しかも深夜において、本件事故現場道路上に本件石が出現した場合、道路管理者がこれを直ちに発見して除去するなど事故防止の措置を常に講じ得る態勢を整えておくことは、到底不可能なことであったというべきであるから、被告国が右措置を採らなかった結果本件石の除去ができなかったとしても、不可抗力であって、本件道路の管理に瑕疵があったということはできないものである。

四  被告らの反論に対する原告らの応答

1(一)  被告らの反論1の事実は否認し、その主張は争う。

(二) 本件事故は、以下述べるとおり、先行車両がダブルタイヤに本件石を挟み込み、その一瞬ののちにこれを政喜車の運転席に跳ね上げたことによって発生したものと推認されるから、本件石は、ダブルタイヤに挟み込まれる以前から本件事故現場道路上に放置されていたものと推認すべきである。

(1) 道路上に石が存在する場合、走行車両のダブルタイヤにその石が挟み込まれる可能性があることは、右道路が舗装道路である場合と非舗装道路である場合とで特に差異はないから、本件道路上において政喜車の先行車両が本件石をダブルタイヤに挟み込む可能性は十分に存するものである。

(2) また、一般に、走行中の車両のダブルタイヤに石が挟まったのち、その石が回転するダブルタイヤに挟み込まれたままの状態が継続するのは、石がダブルタイヤの外へ飛び出そうとする遠心力よりも、ダブルタイヤが石を挟む力が強い場合であって、この両者の力の優劣が逆転した場合には、直ちに石はダブルタイヤの外へ飛び出すものである。そして、ダブルタイヤが石を挟む力は、路面の凹凸から受ける衝撃によって絶えず変化するものである。

しかしながら、本件道路のように舗装された平坦な道路においては、路面の凹凸が少ないことから、ダブルタイヤが石を挟む力にも変化が少ないこととなり、したがって、石がダブルタイヤの外へ飛び出すような決定的契機に乏しいものである。

しかるに、先行車両が本件石を跳ね飛ばしたということは、すなわち、先行車両のダブルタイヤが本件石を挟み込んだ当初より挟む力が遠心力に比してさ程強力でなかったために、ダブルタイヤが本件石を挟み込んだのち、ほんの数回転する間に、挟む力がその強弱の変化の過程において僅かに弱まった際、本件石がその遠心力によってダブルタイヤから飛び出したものと推認するのが相当である。

したがって、本件石はもともと本件事故現場道路上に放置されていたものであって、これが先行車両のダブルタイヤに挟み込まれたのち一瞬の間に跳ね飛ばされて政喜車の運転席に飛び込み、本件事故に至ったものというべきである。

2  同2の冒頭の主張は争う。

(一) 同2の(一)の事実中、本件事故現場道路の車道幅員、歩道の存在、道路照明燈の存在及び交通量はいずれも不知、その余は認める。

(二)(1) 同2の(二)の(1)の事実中、本件道路の管理業務担当者は不知、その余は認める。

(2) 同2の(二)の(2)及び(3)の各事実はいずれも不知。

(三) 同2の(三)の各事実はいずれも不知。

(四) 同2の(四)の事実中、本件道路付近が市街地で、路面の見通しがよく、道路両側に雪堤があったことは認め、道路照明燈の存在は不知、その余は否認し、その主張は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の事実中、原告ら主張の日時・場所において、政喜車の先行車両がダブルタイヤに挟み込んだ本件石を跳ね上げ、これが亡政喜にあたり、同人が脳挫創、頭蓋骨骨折の傷害を受けて死亡したこと、及び同2の(一)の(1)(本件道路の管理者)及び(二)の(1)(管理費用負担者)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  本件では、本件石が事故現場道路に放置されていたものであるか否かが争点となっているので、以下この点について検討する。

1  まず、本件道路の状況をみるに、本件事故現場道路は、群馬県高崎市を起点とし、長野市を経由して新潟県上越市に至る幹線道路である国道一八号のうち上越市市役所前交差点から北方約三〇〇メートルの付近にあり、アスファルトによって舗装され、直線で見通しは良好で、沿道には住宅、事務所、商店等が立ち並んで市街地を形成しており、本件事故当時は、道路両側に雪堤があり、路面は積雪もなく平坦で、自然的要因による落石等の危険は全くないことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、本件事故現場道路は、中央線によって上下二車線に区分され、最高速度時速四〇キロメートル、追越しのための右側部分はみ出し通行禁止、駐車禁止の各規制がなされており、車道幅員は約一二メートルであるが、本件事故当時は道路両側に高さ約一・三メートルの雪堤があったため、通行可能な幅員は約九・四メートルに制限されており、付近には街路燈等がないため夜間は暗く、路面はアスファルトが露出しているが雪解け水が凍結していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2  次に、本件事故後の現場状況等をみるに、《証拠省略》によれば、亡政喜は、本件事故当日(二月二二日)の午前二時五五分ころ、本件事故現場道路下り線上に左前部角を雪堤に接触させてやや左斜めに停止中の政喜車の車内で、運転席に着席した状態から上半身を助手席の上にうつ伏せに倒した状態で死亡しているところを、同所を通りかかった同僚運転手の玉利貞夫に発見されたこと(なお、亡政喜が同日午前一時一〇分ころ政喜車の車内で死亡していたことは当事者間に争いがない。)、亡政喜の死体には、前額部中央に長さ約八センチメートルの頭蓋骨にまで達する外傷があり、前額部から多量に出血し、顔面全体に無数のガラス片が付着しガラス片によるものとみられる無数の切創があるが、胸腹部、背部、上下肢等には傷害がないこと、政喜車は、車幅約二・四九メートル、車高約二・八五メートルで、タイヤ接地面からハンドル上端までの高さが約二・一五メートル、フロントガラスは縦約六五センチメートル、幅約二・一五メートルの営業用大型貨物自動車(ミツビシFU一一九五)であること、同車は、フロントガラスが周辺部を残してほぼ全面が脱落し、周辺部のガラスも蜘蛛の巣状に割れているが、ほかには車体側面、後部等に特段の損傷はなく、ブレーキ、ハンドルも正常であり、エンジンキーは走行状態に入り、ギア(変速機)も前進四速に入ったままの状態でエンジンが停止しており、前照燈が点燈し、室内ラジオ、ヒーターも作動したままの状態であったこと、政喜車の停止位置の南方(政喜車の後方)約二八八メートルの位置にあたる同市大字薄袋六九六番地二付近の下り線上には、同車の破損したフロントガラスの破片が散乱し、また、同車の後方約一〇〇メートルから約一四五メートルにかけて下り線路面上に左側雪堤に沿って同車によって印象された長さ約四五メートルのタイヤ痕があること、その他路面には本件事故発生を推定し得る痕跡等は認められなかったこい、政喜車の車内にはガラス片が散乱し、運転席シート及び助手席(二席)のシートマットには血液が付着しており、特に運転席の隣りの助手席シートには血液が糊状に付着していること、車内の運転席上部後方の壁の地上約二・五五メートルの高さに直径約八センチメートル、深さ約二センチメートルの凹損があり、右凹損の付近に米粒大の肉片が付着していること、そして、政喜車の運転席とその隣りの中央助手席の中間から血液と肉片の付着した前示原告ら主張にかかる重量・形状の本件石が発見されたこと、本件石の幅約一七センチメートルにあたる方向の両側面にはダブルタイヤに挟まれたことを窺わせる黒色のタイヤ痕があり、厚さ約一四センチメートルにあたる方向の一面は路面との摩擦によって摩滅し平らになっていること、本件石は、野尻湖付近、斑尾山、黒姫山系から出土する火山岩系安山岩の一種の川原の石であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  進んで、走行中のダンプカーが路面上の石を挟み込んで跳ね飛ばす可能性があるか否か等についてみるに、《証拠省略》によれば、本件事故の原因を明らかにするため北陸地方建設局北陸技術事務所が砂を満載した七トン積みダンプトラック(車両総重量一六九〇〇キログラム、前軸荷重六五〇〇キログラム(タイヤ一輪あたり荷重三二五〇キログラム)、後軸荷重一〇四〇〇キログラム(タイヤ一輪あたり荷重二六〇〇キログラム)、タイヤサイズが幅一一(吋換算寸法にほぼ近い)、リム径二〇(同上)、強さ一四プライレーティングで、タイヤ空気圧は六・七五キログラムf/cm2)及び本件石とほぼ同じ重量・形状・性質の石を使用してアスファルト舗装の路面上(水をときどき散布して湿潤状態も想定して)で各種方法による右の跳ね飛ばし等の試験を行なった結果、「噛み込み石の跳ね飛ばし試験」によれば、右ダンプトラックの後輪ダブルタイヤに石を挟み込んだ状態で時速四〇ないし六〇キロメートルで走行した場合、三〇数回の試験中、石を跳ね飛ばすことがあること、その場合、石の跳ね出す位置、跳ね飛ぶ方向は一定でなく、跳ね出した石のほとんどがフェンダー等の車体部分又は地面に衝突して転げ出し、空中に高く跳ね上がることは少ないものの、一回ほぼ真上の方向に高さ約三メートル以上跳ね上がった例が認められたこと、右のようにダブルタイヤに挟み込んで跳ね飛ばした場合には石の両側面にタイヤ痕が付着すること、一方、「踏み飛ばし試験」によれば、石の一端を時速六〇キロメートルで走行する右ダンプトラックのタイヤで踏みつけた場合、五七回の試験中、石は斜め前方に飛び出すが、飛び出す高さはほとんどが一・二メートル以下で、一回だけ一・八メートルに至ったことがあるにとどまり、二メートル以上の高さにまで跳ね上がった例はなかったこと、右のように石の一端を踏みつけた場合には石の一側面にタイヤ痕が付着するが、両側面に付着することはないこと、また、アスファルト舗装の路面上に置いた石の右ダンプトラックのダブルタイヤ(複輪間の最大間隙九・七六センチメートル、最小間際四センチメートル)による「噛み込み試験」の結果では、時速四〇キロメートルの速度で噛み込み試験をしたところ困難であったため、時速一〇ないし二〇キロメートル程度の速度に落して三〇回以上の試験を行なったもののダブルタイヤに挟み込んだ例が一回もなく、最微速で前後進した場合に二〇回以上の試験のうち何回か挟み込んだことがあったにすぎないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

さらに、証人登坂民基の証言によれば、右登坂民基が砕石業者等に対して行なった調査の結果では、経験上、走行中のダンプカーが路面上の石をダブルタイヤに挟み込むことは、舗装道路上においてはほとんどなく、未舗装道路の砕石現場や路面が柔らかい場所において、殊に後退する際に、挟み込むことが多いとの回答であったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

4  以上の事実によれば、本件道路はアスファルト舗装の平坦な最高速度が毎時四〇キロメートルに規制された道路で、事故発生当時凍結状態にあり、かつ、右道路状況においてはダンプカーが最微速で進行した場合を除いて本件石をダブルタイヤに挟み込む可能性はほとんどないのみならず、仮に右道路を深夜最微速で走行する車両があって、偶々本件石をダブルタイヤに挟み込んだとしても右の微速度で走行中に後続車両である政喜車のフロントガラス(タイヤ接地面から二メートル以上の高さ)までこれを跳ね飛ばすことはあり得ず、また、本件石は本件事故発生の四〇分前までは本件事故現場道路上に放置されていた形跡がないことは後に認定するとおりであるから、これらの事情に鑑みると、本件石が政喜車の先行車両が本件事故現場道路を通過する前右道路上に放置されていたとは認めることはできず、かえって、政喜車の先行車両が本件道路以外の未舗装道路上を走行中に本件石をダブルタイヤに挟み込み、そのまま事故現場まで走行するに至った可能性が高いものというべきである。

なお、原告らは、本件道路のように平坦な舗装道路においては、路面に凹凸が少ないため、走行中の車両のダブルタイヤが路面の凹凸によって受ける衝撃の変化も少なく、したがってダブルタイヤが石を挟む力にも強弱の変化が少ない結果、ダブルタイヤに挟み込まれた状態が継続している石がこれからはずれて跳ね飛ぶような決定的な契機に乏しいのであるから、本件事故現場道路上に放置されていた本件石がダブルタイヤに挟み込まれた一瞬ののちにはずれて跳ね飛んだものであるとみるほかはない旨主張する。しかしながら、本件においては、右主張を裏付けるに足りる証拠はなく、かえって、平坦な舗装道路においても、ダブルタイヤに石を挟み込んだまま走行してきた車両が蛇行、急激な加速あるいは減速等を行なったことにより、ダブルタイヤが石を挟む力に強弱の変化が生じることは見やすい道理であり、これら力の変化を契機として石がダブルタイヤからはずれて跳ね飛ぶことも経験則上十分ありうるところであるから、原告らの右主張はにわかに採用することができないものというほかない。

してみると、政喜車の先行車両が本件事故現場道路を通過する前に本件石が右道路上に放置されていたことを前提として本件道路の管理に瑕疵があるとする原告らの主張は、その前提を欠き、理由がないものとして排斥されるを免れない。

三  なお、仮に、本件石がもともと本件事故現場道路上に放置されていたもので、政喜車の先行車両がこれをダブルタイヤに挟み込んだ直後政喜車の運転席に跳ね飛ばしたものであるとしても、当裁判所は、以下述べる理由により、被告国の本件道路の管理に瑕疵があったとはいえず原告らのこの点に関する主張も理由がないものと判断する。すなわち、

1  《証拠省略》によれば、被告国の建設大臣は、前記国道一八号のうち本件事故現場道路を含む新潟県内の三七・三キロメートルの区間につき、建設省北陸地方建設局管内高田工事事務所の直江津国道維持出張所長をして、その維持・修繕その他の管理業務を直接行なわせていたこと、本件事故当時、右出張所による道路管理は、建設省が定めた「道路技術基準」及び「直轄維持修繕実施要領」に基づいて行なわれており、同出張所長は、所属職員二名一組による巡回班を編成し、毎日(但し、職員が勤務を要しない日を除く。)一回、原則として昼間本件事故現場道路を含む前記担当区間を道路パトロールカーによって巡回させ、右巡回は、道路状況、特に路面、路肩部等の異状の有無、また冬期においては、路面の積雪の状況、除雪及び凍結防止剤散布の必要性の有無その他の道路管理上必要な事項について実施されていたこと、ことに冬期においては、本件道路が積雪の甚しい地域にあることから、前記出張所長は、前記パトロールカーによる巡回のほか、特に夜間における道路状況の把握のため、民間業者である株式会社上越商会に委託して巡回をさせていたが、右民間業者による巡回は、気象状況等に照らして前記出張所長が必要と認める場合に業者に指示を発して行なわれ、業者は、右指示を受けた都度直ちに巡回を実施し、必要ある場合には除雪等の作業を行なうものとされていたものの、右巡回は、積雪状況の確認にとどまらず、路面の異状の有無、障害物の存否等道路管理上必要な事項についても実施されていたこと、本件事故発生の日の前日である昭和五五年二月二一日、前記出張所の技術係長新保猛及び同出張所の職員朝川善一郎は、道路パトロールカーで同出張所管内の道路パトロールを実施し、同日午前八時三〇分ころから同日午後五時ころまで本件事故現場道路を含む担当区域を巡回したが、その際には本件事故現場道路上に本件石その他交通上の支障となるべき何らの異状も認められなかったこと、また、右同日(二月二一日)、前記出張所長は、前記株式会社上越商会に対し、同日午後一〇時ころ及び翌二二日の早朝の二回にわたり本件事故現場道路を含む担当区域の巡回を実施するよう指示したところ、同会社は右指示に従いその従業員である石川博及び金沢国明に巡回車により同区域を巡回させたが、右両名が二月二一日午後九時一〇分ころから同日午後一〇時一〇分ころにかけて同区域を巡回した際には、本件道路の上下両車線ともに本件石その他交通上の支障となるべき何らの異状も認められなかったこと、さらに、本件事故発生前、(一)新興タクシー株式会社の運転手である朝比奈一男が、本件事故発生の日の前日である二月二一日午後一一時四〇分ころ、本件事故現場道路の下り車線を通過し、その帰路、同日午後一一時五五分ころ、同所の上り車線を通過し、(二)直江津タクシー株式会社の運転手である小林幸男が、本件事故発生当日である二月二二日午前零時四〇分ころ、本件事故現場道路の上り車線を通過し、(三)頸城ハイヤー株式会社の運転手である俵木宜夫が、同日午前零時二〇分ころ、本件事故現場道路の上り車線を通過し、その帰路、同日午前零時三二分ころ、同所の下り車線を通過したが、右三名の運転手は、いずれも右道路上に本件石が放置されているのを発見していないこと、なお、右小林幸男は、同日午前一時二〇分ころ、右道路の下り車線を通過した際、路面にガラス破片が散乱しているのを現認していることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

2  右事実、ことに前記出張所職員、民間業者巡回員及びタクシー運転手らがいずれも本件事故現場道路上に本件石が放置されていたのを発見していないことに加えて、前示のとおり、本件道路は、平坦な直線の道路で見通しもよく、道路の両側には雪堤があり、路面が凍結していたことから、車両の運転者は路面の状況を十分注視しつつ運転することが必要であり、かつそうすることが可能な状況にあったというべきであるから、仮に右道路上に本件石が存在していたとすればこれを容易に発見することができたものと推認することができる(右推認を左右すべき確たる証拠はない。)ことに照らすと、仮に右道路上に本件石が存在していたとしても、本件石が出現した時刻は、前記頸城ハイヤー株式会社の運転手である俵木宜夫が右道路の下り車線を通過した二月二二日午前零時三二分ころから本件事故が発生した同日午前一時一〇分ころまでの約四〇分の間であると推認することができ、右推認を覆えすに足りる証拠はない。

3  以上認定の事実関係に照らすと、被告国の本件道路の管理体制には、その通行の安全性の確保において不十分なところはなく、仮に本件石が本件事故現場道路上に放置されていたとしても、本件石が出現してから本件事故発生までの時間が僅か四〇分以内という短時間であることからみて、被告国が遅滞なくこれを発見のうえ除去し、道路を安全良好な状態に復することは、およそ不可能であったものというべきであるから、右のような状況のもとでは、被告国の本件道路の管理に瑕疵があったものとは認められないものというべきである。

四  叙上の次第であるから、被告国が本件事故現場道路上に本件石を放置していたという道路管理の瑕疵を前提とする原告らの本訴請求は、その前提において理由がないから、その余の点について判断するまでもなく失当というほかはない。よって、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 松本久 小林和明)

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